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石橋りゅうじ 議会棟控室

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ああせい こうせい

なんだかんだと日々に「追われ」と表現すれば、どこか受け身なれ。

目の前の一日に注力しては、瞬く間に過ぎて行く毎日ですが。

そんな折、なんの偶然でしょうか。

先の土曜日に1件、日曜日に2件「後輩」世代からの連絡を頂戴。

いずれも「謝意」を伝えられ、恐縮至極ではありますけども。

少々コチラの話を、その背景も含めて掘り下げてみると致しまして。

私が議員にさせて頂き、最初の1年〜2年目の頃は?

僭越ながら、テレビ等に出演していた影響も多分にあったのでしょう。

当時「面識の無い大学生」から定期的に、私宛へ様々な申し出が届きました。

「○○にチャレンジしてみたいのですが、どうすれば良いでしょうか?」

「○○に関するイベントを開催するのですが、司会をお願い出来ませんか?」

「○○を進めて行くにあたり、どなたかご紹介を頂けませんか?」

「学生へ勉強会をして欲しい」「当サークルに講演をして頂けないか?」等。

都度、先ずは顔合わせを行ない、私なども。

「次世代を担う若者の一助に成れれば」と、微力ながら、可能な限り。

全てのオファーに応えるべく「リ」アクションを取らせて頂いた事を思い出します。

また、最も印象深いのは、やはり学生を目の前にした“講演”でしょうか。

講演と言えど、そんな大ホールを貸し切っては90分も喋る大仰なモノでなし。

各所の小規模な部屋やスペースにお招きを頂き。

そこで就職、人生、未来とは「こうあるべき!」なんて指南に富むビジョンを語る…

なんて言うよりは。

私が高校を卒業後、就職も進学もする事なく、上京しては、海外にも渡り。

「その都度、こんな思想を抱き」&「そこそこ波乱万丈の半生を送って来た」等々。

どこか「身の上話」が主だったのですが、それなりに後生には新鮮に映ったのか?

学生さんからは、一定の興味や反応は示して頂いたりも。

そこから数年間が経過しては、先方はキャンパスから社会へ巣立ちながら。

未だ、交流、親交の続く後進も何人かいて。

話は冒頭へ戻りますが、「あの時は」「先だっては」「有り難うございました」と。

改めて、この度、お礼を幾つか頂戴した次第であります。

重ねて「何でシンプルに人々の幸せを希求できんモノなのか!?」と。

とかく心が毛羽立ってしまう議会、議員活動にあって。

温かいお礼の滋養強壮剤と申しましょうか、次への活力源を頂戴するは当方で。

率直に「私の方こそ有り難う」です♪

そんな「サイクル」と申しましょうか交流も、議員活動を続けさせて頂き、はや5年。

私なども、テレビ等での露出が減ったので、そもそも学生さんの中に?

私ごときを「知る人々」自体が少なくなり、先の様な“オファー”も…

学生さん世代からは無くなりつつあって、ふと顧みるに、ちょっと淋しく感じたり。

先日、ある他会派の先輩議員と話をしている際に、その議員さんが…

「現在の知識、経験、内面を持ったまま、もう一度、学生時代に戻れたらば」

「また、かなり違った、意義深い社会人生活を送られるのに…」

と、冗談交じりに漏らされていたりしましたけども。

失敗なり、苦労なり、生涯学習の成長過程に於いて。

紆余曲折たるや財産であり「若さの特権」でもあって、回り道をして知り得る事もある。

若人の“そこ”は奪わずとも、誰しも「たった一人で」全てを打開する必要性はなく。

まだまだ発展途上の頼りない先輩(me)ではありますが。

何かの、ほんの僅かでも、後生の一助に成れればとは存じます。

P.S.

数年前、ある会合で出会った若人が一人。

その人物は現在、各方面で八面六臂の活躍を見せている…

のですが。

初対面の際、先方は私を存じてくれており、いきなり私の正面に座って来ました。

「石橋さん!色々と話を聞かせて下さい!」と。

繰り返しとなれ「いきなり」の積極性で、コチラが少々たじろいでいると?

「あっ!ちょっと待ってて頂けますか?!」

「メモ取らなくっちゃ!」「メモ用紙を取って来ます!」「直ぐ戻りますね♪」と。

また何処かへ走って行かれ(笑)

でもでも、今、振り返れば「活躍する理由」は分かり得る。

それは、前記に“凝縮”されています。

P.S. U

東京五輪の「エンブレム」が決定しました。

前回の「選考での失敗」を教訓とし。

今回の選考にあたって、まず基本に据えた事は?

「参画と透明性」でした。

広島におけるサッカースタジアムの件も。

こうあるべきです。絶対に。

投稿日 : 2016年4月25日
ああせい こうせい